講道館の軌跡
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資料提供:講道館
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講道館跡/南神保町道場
嘉納師範が創設した弘文館という学校の土蔵10畳を講道館の道場 にあてた。1883年2月~9月に講道館があったが、この期間の入門者はわずか3人であった。写真は講道館四天王の1人、西郷四郎。
広さ:10畳
期間:1883年2月~9月
累計入門者:12人
住所:東京都千代田区神田神保町3丁目付近
最寄:東京メトロ半蔵門線・都営新宿線・三田線 神保町駅
講道館跡/富士見町道場
品川弥二郎子爵が、ドイツ公使として赴任するにあたって留守にする自邸を嘉納師範に借りてくれないかとの提案をし、ここに道場を構えることとなった。約1000坪の広大な敷地と100坪以上の屋敷を借り受け、嘉納師範は西郷四郎など数十人の弟子と同居していた。1886年~1889年に道場があり、この3年間で講道館門人は約10倍の1000人となった。
広さ:40畳
期間:1886年~1889年
累計入門者:約1000人
住所:東京都千代田区九段南2 千鳥ヶ淵付近
最寄:東京メトロ半蔵門線・東西線・都営新宿線 九段下駅
講道館跡/上二番町道場
3つの時期にかけて10年間道場があった。
(1)上二番町道場時代 (1883年9月~1886年2月)
(2)真砂町道場時代に分場としてここに道場を設けた時期 (1889年~1891年)
(3)真砂町道場が使えなくなり、分場だったこの道場を講道館本館とした時期(第2期 1891年~1893年)
広さ:8畳→10畳→20畳→40畳
期間と累計入門者:
第1期本館時代・・・ 1883年9月~1886年2月 (92人)
分場時代・・・・・ 1889年~1891年 (約1860人)
第2期本館時代・・・ 1891年~1893年 (約2750人)
住所:東京都千代田区一番町40付近
最寄:東京メトロ半蔵門線 半蔵門駅
講道館跡/開運坂道場
嘉納師範がこのあたり一帯の土地を買い、1909年、自邸と講道館本部や開運坂道場を設けた。開運坂道場と下富坂道場の2つの道場があった時代である。中国人留学生のための学校「宏文学院」もこの地にあった。また、嘉納師範は傾斜地だったこの土地に住民の利便のため坂道を敷設し、東京市に道を寄付した。寄付の記念に嘉納師範が「開運坂」と命名している。1933年の道場移転までに、入門者は下富坂道場とあわせて77000人に達した。
広さ:107畳
期間:1909年~1933年
累計入門者:約77000人
住所:東京都文京区大塚6丁目付近 開運坂
最寄:東京メトロ丸ノ内線 新大塚駅
現在地
1958年に水道橋から移転した。
はじめ924畳、その後、国際柔道センターが建設され、現在の道場は大・小合わせて1272畳ある。宿泊施設や柔道資料館も併設されており、世界中から柔道修行者が訪れる講道館柔道の聖地となっている。本館玄関前には、嘉納師範の銅像が立つ。
広さ:924畳→1272畳
期間:1958年~現在
累計入門者:約220万人
住所:東京都文京区春日1-16-30
最寄:東京メトロ丸ノ内線・南北線 後楽園駅/都営三田線 春日駅 -
講道館跡/永昌寺道場
11882年、嘉納師範が永昌寺の書院12畳半を借りて柔道の指導を始め、後に12畳の道場を設けた講道館柔道発祥の地。 嘉納師範は「術」だけにとどまらず、その先、人生の「道」を講じる場所、という意味で「講道館」という名称を付けた。
広さ:12畳
期間:1882年5月~1883年2月
累計入門者:9人
住所:東京都台東区東上野5-1-2
最寄:東京メトロ銀座線 稲荷町駅
講道館跡/上二番町道場
3つの時期にかけて10年間道場があった。
(1)上二番町道場時代 (1883年9月~1886年2月)
(2)真砂町道場時代に分場としてここに道場を設けた時期 (1889年~1891年)
(3)真砂町道場が使えなくなり、分場だったこの道場を講道館本館とした時期(第2期 1891年~1893年)
広さ:8畳→10畳→20畳→40畳
期間と累計入門者:
第1期本館時代・・・ 1883年9月~1886年2月 (92人)
分場時代・・・・・ 1889年~1891年 (約1860人)
第2期本館時代・・・ 1891年~1893年 (約2750人)
住所:東京都千代田区一番町40付近
最寄:東京メトロ半蔵門線 半蔵門駅
講道館跡/真砂町道場
右京山と呼ばれる一帯を陸軍省から借り受け道場とした。小説『姿三四郎』で三四郎が檜垣源之助と決闘した「右京ヶ原」は、この地がモデルである。1889年〜1891年に道場があった。
広さ:54畳→70畳
期間:1889年~1891年
累計入門者:約1860人
住所:東京都文京区本郷4丁目付近 現在の清和公園
最寄:都営三田線 春日駅
講道館跡/下富坂道場
下富坂町にあった病院を買い取り、道場とした。はじめ107畳でその後207畳に増築。当時、日本最大の道場であった。1894年~1933年まで40年近くにわたって門人を輩出した。
広さ:107畳→207畳
期間:1894年~1933年
累計入門者:約77000人
住所:東京都文京区小石川1-3付近
最寄:東京メトロ丸ノ内線・南北線 後楽園駅/都営三田線 春日駅
講道館跡/水道橋講道館
1934年、これまで下富坂と開運坂の2つに分かれていた道場を水道橋駅すぐの交差点(現在のミーツポート周辺)に514畳の道場を持つ講道館本館を建設し、集約。1958年の移転までに入門者は46万人を数えた。
広さ:約514畳
期間:1934年~1958年
累計入門者:約46万人
住所:東京都文京区後楽1
最寄:JR総武線・都営三田線 水道橋駅
嘉納治五郎伝 柔の道
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